宝満山の岩場               

                   岩場概説

 宝満山は古くから修験者の山として知られ、至る所に宗教遺跡が残されている。また、この山は太宰府のすぐ近くに位置する事もあって、福岡県内では最も多くの登山者を集めている所であろう。一方、中腹から山頂へかけて花崗岩の急峻な懸崖が多数存在している。そのいくつかは古くからゲレンデとして利用されてきた。岩場は頂上の岩場、吊舟岩、羅漢道の岩場、の三つに大別される。
 頂上の岩場は高度差20m程度の北面した稚児落としの壁と、最大高度差50m程度の南東へ向いた神社裏の岩壁とに分けられる。一応満足できるスケールを持ち、困難なルートが揃っている。その様子は少し古くなるものの、「岩と雪」130号(1988年)に紹介された。ただし、登山者で賑わう山頂に位置するため、クライミングをしていると好奇の目で見られるのと、灌木の撤去、ピン等の設置など、岩場の現状に手を加えるのがやりにくい。 吊舟岩は岩場自体のスケールは大きいが、岩塊が積み重なった様な形状を成し、まとまりに欠ける。フリークライムの対象とされる上部岩壁は、規模が小さいものの、すっきりした快適な岩場である。羅漢道の岩場は荒廃が進み、現在の所、登攀の対象とはならない。               宝満山の岩場は何れも岩質が良く、快適なクライミングが出来る。しかし表面の粒子が粗く手を怪我しやすいので注意が必要である。またアプローチに時間が掛かるのが欠点と言える。このために、最近は訪れるクライマーの数が減少し、荒廃が進みつつある。昔設置されたピンは何れも腐食が激しく、大部分のルートは安心してリードすることが出来ない。初級者でも登攀可能、内容も優れていると思われる一部のラインのみステンボルトに打ち替えた。しかし、全ルートのリボルトを行うのは個人の手に余るので、地元クライマーの奮起を期待したい。岩場の名称は「岩と雪」の記述に従った。なお、「岩と雪」に記載された報告を資料として添付する。資料に飛ぶには下記の「岩と雪」の文字をクリックのこと 。


                      岩と雪

 

                   アプローチ

 山頂の岩場、羅漢道の岩場へのアプローチについては、よく知られた登山コースなので説明は省略する。吊舟岩のアプローチについて説明しよう。一つは、宝満山頂からキャンプ場を経るコースである。キャンプ場の奥にあるバイオトイレの横の登山道を下り、本導寺へのコースを10分弱で吊舟岩の上に出る。これは太宰府方面から入山すると歩く距離が長くなるのが欠点。あと一つは本導寺からのコースである。本導寺までは福岡市内から少し遠回りになるが、国道3号線を南下し、髙雄交差点を左折して県道65号線に入るのが分かり易い。そのまま県道を走り、上宝満橋交差点より3.6キロ走ると本導寺バス停に出る。バス停前から左の舗装道路へ入り100m程行った辺りで「宝満山登山道」と書いた石碑が建っているから、これに従って左の道へ入る。道なりに走ると、バス停より1キロで登山口である。そのまま道を40mほど進んだ所に車3台程度が駐車できるスペースがある。登山道(砂利が引いてある林道)を数分歩くと地主名義の立ち入り禁止の綱が張ってある。その手前で右から「白ハゲ尾根コース」への登山道が合し、これをたどる。歩きやすい登山道を45分ほどで「百日絶食記念碑」のある小沢を渡る。水場はここ。上部で仏頂山への分岐が出てくるが、宝満山キャンプ場へのコースをたどり、登山口より1時間程度で吊舟岩に着く。ここに、八合目の札が置いてある。吊舟岩から山頂まで10分程度。膝に悪い竃門神社からの道よりも、こちらの方が少し遠回りになるが、歩きやすい。

 

◯頂上の岩場

稚児落とし岩

                    岩場概説


 頂上から直接切れ落ちた、高度差20m、幅50m程の垂直の目立つ岩壁である。北面しているために、苔、小灌木が多く見た目は良くない。といって、登山者が群れている前でこれらを除去するわけにもいくまい。10本近いラインが引かれたが、いずれもピンの腐食が激しい。岩壁左寄りの部分は古くから登られており、その自然なラインのリボルトを行った。右へ寄った部分に切れ込むフィンガークラックは困難かつ興味あるインサイドクライミングが可能だが、壁の途中が終了点となっている。さらに右に寄った部分にもラインがあるようだが、上部で灌木帯に飛び込んでしまい、快適な登攀にはなりそうにも無い。取り付きは岩壁下部の登山道であるから一目瞭然、また、岩壁終了点にボルトが2本埋めてあり、これでトップロープが取れる。

                    

                    ルート解説

  1. 稚児右ルート(20m、5.10a、ボルト6本、キャメロットNo.0.5〜0.75を1〜2個)       右上する滑り台状のスラブを登り(奥のクラックにカムを利かせる)、ハングに突き当たったとこで右上のクラックへ移る。ここは少々怖い。クラックをたどってハング下の小テラスへ出る。左へトラバース、突き出た岩を左へ越えた後、ハング気味の壁を越えピナクルに立つ。ついでフレイクをレイバックで直上すると終了点。

 2. 稚児左ルート(22m、5.10a、ボルト5本、キャメロットNo.1〜2を2〜3個)             一段登った後、利きが甘い右上クラックを伝い、小テラスへ立つ。ここまでカムが使える。少し上がり、フレイクをピナクルに向かってハンド・トラバース。ピナクルに立った後は稚児右ルートに合流する。

 

   

 

                    稚児落とし

 

 

東南壁

                     岩場概説

 頂上に祭られている上宮の裏に位置する岩壁で、高度差50m、幅35m程度のスケールを持っている。下部はスラブ帯、上部はオーバーハングを重ね、中々迫力がある。このハングを越える多くの高難度ルートが引かれたが、何れもピンの腐食が激しく、リード不能になっている。その中で、最も自然なラインと思われる南西カンテのリボルトを行った。上宮西側の石垣の下より踏み跡伝いに下ると、2ピッチ目取り付きへ出る。しかし、足場が悪く、注意が必要。または、上宮裏の岩(文字が刻んである)の裏側にボルトが埋めてあるから、これを支点に左のカンテ伝いにアプザイレンで下る。50mザイル1本をダブルにした場合は、2ピッチ目開始点のテラスまで届かないので、シングルで使う必要がある。50m一杯降りれば、1ピッチ目の取り付きに達する。このボルトでトップロープを取る事も出来るが、ザイルが岩で擦られ傷みが激しい。

                    

                     ルート解説

南西カンテ(50m、2ピッチ、5.10a、ボルト8本、キャメロットNo.0.5〜1を2〜3個)      
 2ピッチのルートであるが、2ピッチ目(寝っ転がりハング、またはサンドウィッチと呼ぶこともあるらしい)のみを登る場合が多い。1ピッチ目から登る場合は岩壁の左端をなすカンテを回り込み、4m程樹林帯を登った所のテラスより取り付く。5.7程度の壁を15m登り、バンドへ出る(ボルト3本)。右へ移動すると、上部にオーバーハングを抱えた安定したテラスへ出、ここが2ピッチ目の取り付き。さらに右へ移動すれば、一段上にもテラスがあるが、ここは行きすぎ。
 2ピッチ目(30m)はハング下に突き出たフレイクをつかみ、ハングに入るクラックに0.5のキャメロットを利かせる。フレイクに立ち伸び上がるとハング上にボルトが埋めてある。このハングの乗り越しが核心部。ハングを越え、クラック伝いにフェイスを登り再びハングに突き当たる。左から一段上がって、このハングの下で一端仰向けに寝転んだ体勢となる。ここから「寝っ転がりハング」の名が付いたのだろう。クラック伝いに起き上がってハングを越える。フェイスを登ると垂壁に遮られるので、左から回り込む。後は終了点まで問題ない。

 

       

  

                    東南壁上部

 

                南西カンテ1ピッチ目

 

◯吊舟岩

                     岩場概説

 吊舟岩は高度差30m程度の下部岩壁と、高度差15m程度の上部岩壁とに分けられる。「白ハゲ尾根コース」をたどって着いた所は、上部岩壁の基部である。ここから「猫谷川新道」を20〜30m下ると、下部岩壁正面の基部に出る。下部岩壁は高さ10m程度の岩塊が積み重なっているために、岩場としてのまとまりに欠ける。調べた限りでは、下部岩壁にフリークライムのラインは設定されていないようだ。正面基部には人工登攀全盛期の名残として、オーバーハングに多数のハーケンが残置されているのが見える。ここに7〜8m程度のチムニー、クラックのラインが取れそうだ。裏側に回り込むとまとまったフェイスが出てきて、数本のボルトラダーが存在する。もちろん腐食が激しく、ピンは使い物にならない。この辺はうまくライン取りをすれば、40m程度のルートが引けるかも知れない。しかし土木工事が膨大な物になるだろう。福岡市西部に在住する私にとってはテリトリーを外れており、整備は福岡市東部、南部のクライマーにお任せする。上部岩壁はスケールこそ小さいものの、すっきりした形状を成している。南面したフェイスは高度差12m前後、幅15m程度、南西面は高度差12m、幅10m程度であり、スケールには欠ける。ここも、いくつかの岩塊が集まって出来ていて、岩塊の間がチムニーとなっているので、基本的な内面登攀の練習場となる。その他に、フレイク状のクラックが走っており、レイバックの練習場としても利用できる。最近はほとんど利用されることが無いようで、残置ピンは腐食が激しく使用には耐えられなくなっていたが、気に入った場所だったので2012年12月、全てステンボルトに打ち替えた。また、トップロープ支点として、岩場の頂上にステンボルトを2本埋めた。吊舟岩上部岩壁基部には、ぐるりと一周する踏み跡がついており、南面下部は安定した広場となっている。なお、ルート名が不明なため、概念図に記した番号で示している。ルート名をご承知の方はお知らせ頂きたい。

 

                    ルート解説                   

 1. ルート1(14m、5.8、ボルト2本、キャメロットNo. 0.5〜2、2〜3個)              南面のチムニーから取り付く。上部はフィンガークラックとなり、ジャムを利かせながら登る。クラックを抜けた所から左のカンテ沿いにスラブをたどる。

 2. ルート2(ルート3との合流まで6m、ボルト2本、5.9)                      浅いクラックを伝う。下部は引っかかりが悪いながらもレイバックが利くが、上部はホールドが無く、どうしようも無くなるので、こぶ状のフットホールドに立った後、左のクラック(ルート3)へ逃げる。ここまでは左のクラックは使用しない。 ツエルブ、サーティーンクライマーならいざ知らず、そのまま直登するのは、私にはとても無理。

 3. ルート3(15m、5.11a、ボルト3本、キャメロットNo.0.75〜0.5を3〜4個)            顕著なフィンガークラックを伝うライン。クラックに入るところが嫌らしいだけで、クラック自体は問題ない(5.7〜5.8)。上の水平バンドへ立ち上がる部分はアンダーホールドを使った厳しい片足スクワット。この上のスラブもホールドが無く悪い。バンドへ這い上がれば傾斜が落ち楽になる。クラックには0.5〜0.75のキャメロットが利く。

 4. ルート4(16m、5.10d、ボルト5本、キャメロットNo.0.75〜0.5を2〜3個)            取り付きがハングしているが、ハンドホールドがしっかりしているので強引に身体を引き上げる。フレイク状のクラックをレイバックでたどり、ギリギリ手を伸ばして上の水平バンドを取る。引っかかりが悪いもののそれに耐え、左へトラバースすると利きが良くなり、一段上ってバンドへ這い上がる。ここから傾斜の落ちたスラブを登って登攀終了。クラックには0.5〜0.75のキャメロットを利かせる事が出来るが、フレアーしているので、ショックが掛かると外れるかも知れない。その用心に、クラックの途中にボルトが1本埋めてある。

 5. ルート5(16m、5.9、ルート4と合流まで8m、キャメロットNo.1〜0.5を3〜4個)         南西面右端のライン。フレイク基部の岩の上から取り付く。フレイクをレイバックでたどり、左上のクラックのカンテを取る。レイバックで身体を伸ばし、上のガバを掴めば、ルート4に合流する。地面から直接ハングを越えてフレイクに取り付けば、困難度は一段上がる。

 6. 左上フレイク(16m、5.11a、ボルト6)                            直上するフレイクをレイバックで登り、一段上がった所からフレイク伝いに左上して小ピナクルに立つ。ついで上のテラスに這い上がるが、ハンドホールドが甘く直上は困難、ここをどうこなすか。テラスからは左上するハンドクラックを登る。腕の負担が大きく、隠れたフットホールドを見つけることが出来るかどうかがポイント。困難な動作が連続する好ルート。なお、直上するフレイクを登った所から、さらに直上するとルート5に合する。こちらは5.10a。キャメロット持参の事。新ルートであることが確実なので、こう命名する。                    

 7. ルート7(10m、5.7)                                    南西面の中央に深いチムニーが入っている。このチムニーは基本的なバックアンドフットの練習に持ってこいの場所である。奥行きが10m程度あり、数本のラインが取れるが、内容は同一。

 8. その他のライン                                        南面したフェイスの右側の部分にボルトが埋めてある。しかし1本目のボルトまで登る事が出来ない。ボルトが埋めてあるからにはルートが存在するとは思うものの、私の腕では全く歯が立たない。南西面は隣の岩との間がスクイズチムニーとなっており、バックアンドニーの練習場として使える。ただし、岩の表面が粗いので、膝パッドを付けていないと、酷い擦過傷を負うことになりかねない。一周する踏み跡はチムニーの底を通っている。また、東に面した部分に凹角が存在し、これを登る事が出来る。(10m、5.6)。立木の枝がうるさいものの、初心者向きのルートとして使える。

 

 

     

    

      

           

                  吊舟岩上部岩壁南面右側

 

    

                   吊舟岩下部岩壁正面

 

  

◯羅漢道の岩場

 竃門神社から伸びる登山道途中の中宮跡から羅漢道を通り山頂へ出るまでに、高度差30〜15m程度の岩壁が3箇所ほど存在する。古い残置ボルトが見られるので、ゲレンデとして使用されていたのは確かだが、ここ20年以上に渡って登られてはいないようだ。いずれも灌木、草付きが多く、ラインを引くには大がかりな土木工事が必要である。これらの岩壁は登山道のすぐ横にあるために、土木工事をしているとかならずクレームが付くだろう。また、アプローチが長いためか、山頂の岩場でさえ、最近はクライミングをする者が減少し荒廃してきている。多大な労力と費用を掛けてここにルートを引いたとしても、だれも登らないのではないだろうか。

 

    

                     羅漢道の岩場

 

    

                   羅漢道の岩場

 

     

                   羅漢道の岩場

 

 

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